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 アンケート

 
第14回
01. 土の感触 02. 門と塀

アンケート実施期間:2002/05/10〜05/31  有効回答者数: 208人(男性:85人,女性:123人)

『土の感触』
ガーデニングブームはすっかり定着したようですが、
泥んこになって遊ぶ子供達を見かけることが少なくなってきたような気がします。
農耕民族である日本人は、土の感触が好きなのでしょうか?
今回のアンケートは、"土の感触"についてお聞きしたいと思います。




>> pick up comment
泥だんごの大きさを競う遊びをしていて、よい土が無いので、
お寺の土塀を削ってだんごをこしらえてしかられた。
(男性 46歳)

>> pick up comment
東京で生まれ育ったので、長期の休暇で訪れる母の実家の畑や田んぼや雑木林などは、
ただそこにあるというだけでわくわくするものでした。
東京っ子にとってはまさに大自然だったわけですが、結構ちまちまとした遊び方をしていたかもしれません。畑の土で泥饅頭づくりとか、雑木林のはじっこで宝探しとか。
でも、おばあちゃんのまねをして、はだしで畑を歩き回ったときの感触はまだ足の裏に残っています。
その頃の体験が私自身の感性の育ちに大きく影響したし、私の原風景もそこにあります。
なにはなくても自然は大事、子どもにとって。と思います。
(女性 37歳)

Q1. あなたは土の感触が好きですか?


一目瞭然、年齢層が高くなるほど「土の感触が好き」な方が増えています。
現代に比べ、昔は土の存在が身近なものだったということでしょう。
世代が若くなるほど、中でも都会育ちの方は特に土に触れる機会が減っています。

>> pick up comment
泥んこになるというか、それが当たり前でした。
そういえば、土のあるところに行かないと土に触れないということに、今改めて知らされました。
(男性 46歳)
Q2. あなたは日常、土の上を歩きますか?(複数回答可))


Q1のコメントにも書かれてあったように、現代で土の上を歩くには、『公園』や『芝生』、
『グラウンド』など、人の手が入れられた場所に限られてきているようです。
普段、例えば通勤途中などは敢えてそういう場所を選ばないことには、アスファルトの上ばかりを
歩いています。例え土の上を歩いたとしても、靴が汚れることを気にしたりして・・・

>> pick up comment
子育て中なので、このテーマについては関心“大”です。
小さいながらも一戸建なので、子供達も私も一緒に遊べる庭作りをしています。
パパお手製の砂場、シーソー、滑り台を置いて、出切る限り芝生をひいて、ミニ公園のようにしています。
私自身、庭の大きな家で育ったので、動物も放し飼いでしたし、草花をちぎったりして、遊びました。
今の子供達は、そういう場があっても遊び方が下手ですね。
花がついていても、摘み取らない・・・。実がなってても気がつかないし。
(女性 31歳)
・・・今の子供達は、そうなんですね。このコメントを目にしたとき、驚きました。

Q3. あなたのご自宅に土の部分はありますか?(複数回答可)


戸建て住宅に住んでいるかどうかが大きな鍵ですから、年齢層が高いほど『ご自宅に土の部分がある』という方が多いです。
その分、他の世代は鉢植えの植物を身近に置いておられるようです。
しかし最近では、東京で河川敷に家庭菜園をつくって問題になることも・・・

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都会に住んでいるためか、ほとんど土に触れていないことに改めて驚きました。
(自分のことなのに気が付かなかった)
最近河川敷に勝手に家庭菜園をつくって問題になっていましたが、庭は生活に絶対必要だと思います。
人間は土から離れて暮らせませんし、海から離れても生活出来ないという、
地球人として当たり前の感覚を失っていくのが不安です。
地球人としての当たり前の感覚をなくすと、環境破壊を起こし、結局自分たちが
しっぺ返しを受けることを真剣に考えなければと考えています。
(男性 34歳)

Q4. あなたはどのくらいの頻度で土に触れていますか?(複数回答可)


Q1の結果に比例するように、土の感触が好きな方ほど、頻繁に土に触れています。
全体的で見ると、8割以上の方が、最低週に1回以上は土に触れています。

>> pick up comment
そういえば、小学校の頃家の裏にある土で土ボールを作って遊びました。
落としても割れないくらい強いボールを作って、競い合った思い出があります。
単純な遊びだったけれど、夢中になって気が付くと夕飯の時間になってた記憶があります。
今考えると、なぜそんなに楽しかったのかはわかりませんが、土を触っているとホッとしたのではないかしら?
最近は土を触ることが少なくなってしまったのですが、たまに植木の土を触るとアッという間に時間がすぎて、1日が充実した気分になります。
久しぶりに土を触ろっかな。
(女性 29歳)
というコメントも寄せられました。

考えてみると、不思議ですね。
土は触ってもざらざらしていて”気持ちいい!”というものではありませんし、手も荒れます。
けれど”土いじり”は、時間を忘れて没頭してしまうのですね。

Q5. 自分の食べる食べ物は、自分で作ってみたいと思いますか?


30歳代と50歳代以上の方が意欲的に実践中です。
また、全体でも6割以上の方が、『非常にやってみたい』『やってみたい』と思っておられます。
数年前には「カイワレ大根騒動」、今は「狂牛病」で自分が口にするものに対する意識が
高くなっているのを感じます。
私の友人は、数人で貸し農園を借りて、毎年野菜をたくさん収穫しています。
そして私はベランダジャングルです。

Q6. 子供の頃、泥んこになって遊んだことはありませんか?
あなたの思い出をご自由にお書きください。

>> pick up comment
子供の頃住んでいた家の前の道は、まだ舗装されておらず、それは楽しし楽しい空間であった。
特に雨上がりの後は、所々に水たまりが出来ており、我々より先に必ずのようにアメンボーが来ていた。まずはアメンボー取りから始まって、水たまり飛び(それなりの大きさの水たまりを幅跳びで飛び越える)、水たまり飛びを始めると飛び越えられない者がいて、水たまりの中にジャポン。飛べた者もより大きな水たまりに挑戦するので、やはり水たまりの中にジャポン。集まった者ほぼ全員が泥まみれになり、帰宅。するとそれぞれの家から一斉に母親の怒鳴り声の合唱。楽しかったな。
(男性 37歳)

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気の遠くなりそうな昔、私たちの祖先が海から陸地へと這い上がり、色んな物に触れ、何を如何感じたかは知る由もありません。生き抜くことで精一杯だったでしょうが、初めて触れた土への感触も何かしら有ったはずです。
今までになかった厳しさかも知れないし、安らぎかもしれない。
這いずり回り、四足になりやがては足と手で土に触れてきたのでしょう。
今の私たちのDNAにその経験値が組み込まれているからこそ、土に対して様々な思い入れが交差すると思うのです。

子供の頃町中を駆け巡り、土に関わるもの総てが遊びであり楽しかった。
亡くなった祖母は転んで出来た傷口につばをつけ
「天と地の神様、痛いのイタイのつれてゆけー」
と御呪いをしてくれ、幼心に”我慢する”事を知った。
お腹の子(妹)が欲しがっている、と壁土をほじっては藁を食べている(妊婦の行動)母を見て、同じように食べたことがある。ジャリジャリした感触は今も消えていない。

背負うものも無く引きずるものも無く、悲しみや苦しみも感じなく、毎日が手ぶらで過ごせた子供の頃に比べ、大人になった今の様変わりは大きく違っている。
あれ程親しんだ泥や土に対してネガティブであり、忌み嫌う慣用や代用として
「泥まみれ、かぶる、なする、吐く、這いずる、泥試合、泥棒、、、。」
「土がつく,土気色,土臭い、土方、、、」等を用いている事に気づいていますか?
(男性 50歳)

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   女性のコメント       男性のコメント
20歳代以下のコメント
  泥団子とかをよく作りました。水をたくさん混ぜて毎日砂場に行っていました。
どろで遊んだことはある。
田んぼのなかで頭から突っ込んだりスライディングしたりした
小学校の頃、雨の日でも校庭を走り回ってよく遊んだのを懐かしく思い出す。今の子供はあまりこういったことはしなくなったのではないか。無論、親もさせたがらないのが1つの大きな原因だろうが。
泥んこ遊びが大好きでした。
砂遊びは嫌いだったからとくになし
泥んこというほどまでになったことはない。
子供の頃はよく砂場で水を使って遊んでいたので泥んこになっていました。洋服も靴もものすごく汚れてしまっていたのですが、全く叱るということをしなかった母に感謝です。
幼稚園の砂場でよく遊んだ
保育園の時、パンツ一枚でみんなで泥遊びするイベント(?)がありました…。今の保育園だとそゆのはやらないのかな…。ちょっとさみしい感じ。
泥のお団子を作ったり、砂場で山やトンネルを作ったりした。またトンネルから溝を掘って水を流して遊んだりした
泥団子投げをした
よく砂場で砂山を作ってトンネルを掘ったりして遊んだ。
砂場でどろなげ
私が子供の頃には土を触るには田舎のおばあちゃんの家に行くしか方法はなかったように覚えています。実家の近所では、公園の砂場で砂山にトンネルを掘ったり、土団子を「さらすな」で磨いたりした覚えはありますが、服を汚してまで遊んだ記憶はありません。
子供の頃は、よく「泥だんご」を友達同士で作っていました。どちらが、固い泥だんごを作れるか競争して・・・。いま、泥だんごを作っている子供たちを見かけることはありません。
特になし
覚えていない
砂場でどろんこになって遊びました。水遊びもしていたのですごい事になっていました。
実家の周りは見渡す限り田んぼと畑ばかり、なので子供の頃は常に土に触れていたように思う。今ぐらいの時期は田んぼに水が張られているので、学校の行き帰りにおたまじゃくしやタニシやよくわからない魚とかを田んぼの中に入って泥まみれなりながら捕まえて遊んでいた。(農家の人に見つかると怒られるが・・・)秋の稲刈りの時期にはバッタとか蝗とか捕まえて遊んでいたが、蝗をいっぱい捕まえて祖母に見せたら、晩御飯の食卓に佃煮にされて出てきて、ショックだった・・・
東京育ちで土に触れるのは公園の中程度でした。一度田舎のおばあちゃんのところで、田植えをやらせて貰ったことがありましたが、そのときの土のぬるぬると足にまとわりつく感触は今でも覚えています。
公園の砂場でとっても大きな山を作ってトンネルや池を作ろうと1週間以上かけて砂場を独占し、数人で作った。すごい力作だったのに、完成直前に壊されていたのがとてもショックだった。
まわりが田んぼだったのでたまに落ちたりした。
実家が農家なので、畑を手伝ったり、田んぼを手伝ったりしたので特に田植えではもちろん泥んこだらけで、遊びながら田植えをしていたので、よく怒られました。それ以外にも、アスファルトの方が少ないくらいの田舎なので、遊びも庭とかで泥んこ遊びは日常茶飯事でした。
砂場で、山を作ったり、どろだんごを作ったりしました。
よく砂場で遊びました。
公園に行くと汚れる事など気にせずにいつもどろんこで遊びました。子供にもなるべく汚れは気にせずに遊ぶように言っています。
泥んこになって、みみずを捕まえて遊んでいた。今考えるとぞっとする。
遊んだけど、思い出というほどのものはありません・・・
田んぼなどでかぶとえびなどをとったりしてどろんこになったのを覚えています。
泥んこで、葉っぱを海苔変わりにおむすびを作ったり、だんごを作ったりしてままごとをして遊んだ。
よく友達と鉄団子を作るいい土を求めてさまよってた。
通っていた保育園の行事でどろんこの中に水着で入って遊んだことがあります。結構楽しかったです。都会に住んでいると忘れてしまいがちな感触ですよね。
泥団子を作って互いに投げあった。
そういえば、小学校の頃家の裏にある土で土ボールを作って遊びました。落としても割れないくらい強いボールを作って、競い合った思い出があります。単純な遊びだったけれど、夢中になって気が付くと夕飯の時間になってた記憶があります。今考えると、なぜそんなに楽しかったのかはわかりませんが、土を触っているとホッとしたのではないかしら?最近は土を触ることが少なくなってしまったのですが、たまに植木の土を触るとアッという間に時間がすぎて、1日が充実した気分になります。久しぶりに土を触ろっかな。
泥水をコーヒーといって飲んでいたことがあった。
砂場で遊んだ思い出があります。
30歳代のコメント
  雨の後、公園の砂場で水が出てくるまで夢中で掘った。
子供の頃家に庭があったので、毎日土で作ったおだんごなどでおままごとをして遊んでいました。
私は水を絡めて泥と遊ぶのが好きでした。(いまもそうですが・・)土を掘って小さな小さな川を作り、そこに水を”上流”から流し、川のある小さな街を作ってました。その流れを見ているのが楽しくてしょうがなかったです。雨上がりに水溜まりが自然に出来ている土の部分は子供の頃非常に好きでした。その理由はわからんのですが・・・。土の部分
自分が子供のころは空き地がたくさんあってコンクリートよりも土の遊び場がたくさんあったのに、自分の子供にははだしで遊ばす場所がなく、唯一実家の庭ではだしにさせてます。泥遊びやザリガニつりなど自分がした遊びを自分の子供に体験させることが希望です。
実家の側にはお寺があり、そこの境内などでよく遊んだので、土にはよく触れていた。蝉やカブトムシなどの虫取りや野球などの遊び場にもなっていた。そう言えば、最近は土に触れる事が少なくなったと思う。
ままごとをした記憶はある。
泥だんごを作ったりしていた。
田んぼの用水でザリガニなどを捕まえた。土手は土だったが今では・・・
母親が潔癖症っぽい性格だったので、あまり土で遊んだ記憶がありません。今考えると非常に残念です。自分の子供にはぜひ、土で遊ぶことが好きになってもらいたいです。
空き地で泥の爆弾をつくって、よく投げあって遊んでいました。帰るころには泥んこになって、服も汚れて。最近の子供にそのような光景は見ないし、周りの人にきくとそういう遊びはよくないらしい。なぜ?
今子供が光る泥団子作りに夢中私も泥団子は作ったことがあるけど光るのは作ったことがないので挑戦しています。
子供の頃は近所に田畑が沢山あって、広場も沢山あって土だらけだった。今は意識して探さないとそういった場所が見つからない位少なくなってしまって寂しい・・・
夏休み友達と自転車で遠くの川へいって一日中泳いだ
どろだんご!ピカピカにするために一所懸命で、1週間ぐらいかけて作ってました。
おけらがいた。
ない
子育て中なので、このテーマについては関心“大”です。小さいながらも一戸建なので、子供達も私も一緒に遊べる庭作りをしています。パパお手製の砂場、シーソー、滑り台を置いて、出切る限り芝生をひいて、ミニ公園のようにしています。私自身、庭の大きな家で育ったので、動物も放し飼いでしたし、草花をちぎったりして、遊びました。今の子供達は、そういう場があっても遊び方が下手ですね。花がついていても、摘み取らない・・・。実がなってても気がつかないし。
田舎なので、遊んでました。
空き地があって泥んこ遊びをしました。
家の前の道が舗装されていなかったので、よく水溜りが出来て、泥んこ遊びしました。
都会に住んでいるためか、ほとんど土に触れていないことに改めて驚きました。(自分のことなのに気が付かなかった)最近河川敷に勝手に家庭菜園をつくって問題になっていましたが、庭は生活に絶対必要だと思います。人間は土から離れて暮らせませんし、海から離れても生活出来ないという、地球人として当たり前の感覚を失っていくのが不安です。地球人としての当たり前の感覚をなくすと、環境破壊を起こし、結局自分たちがしっぺ返しを受けることを真剣に考えなければと考えていまアンケートでした。ありがとう。
あまり泥んこになって遊んだ覚えないです。
毎日山へ行っては土に触れて遊んでいた
庭があったので、庭で泥団子を作って投げあいをして遊んでいました。
山の近くに住んでいたので、泥んこになるなんて当たり前のことだと思っていた。夏にはカブトムシなど簡単にとることが出来て、毎日山にはいって遊んで楽しかった。
「土」と言えば、芋掘りを思い出します。自分ではあまりたくさん食べないのにたくさん掘って、家に持って帰りました。「イモムシやミミズとのふれあい(?)」も芋掘りぐらいでした。2週間ほど前に家族で筍掘りに行きました。筍掘りは初めてでしたが楽しかったです。
よくおばあちゃんのおうちにいったときに、虫取りなどに行きました
特になし
ある
泥んこになって遊んだことはありません。いつもアスファルトの上で遊んでいました。
小学生の頃、校庭の片隅に小山があって、そこで友人達と川を作って水を流してよく遊んだ。
幼少の頃、田舎の田んぼにスライディングをした思いでがあります。なんとも言えない安心感がありました。
おばあちゃんちの田植えの手伝いなどをしたときが、服が思いっきり汚れてもよかったので楽しかった。
全身が泥んこになるようなことはなかったですが、おだんごをよく作ったことは覚えています。
子供の頃、近所には男の子の友達しか住んでいなかったので泥んこ遊びは日常茶飯事というくらいしていました。今思えば、本当に泥をいろんな物に見立てて作ったりして遊んでいて無邪気で発想が面白かったものだと思い出します。泥んこ遊びをすることにより、心の豊かさなども育てられるのではないでしょうか。今の世の中、あまり泥んこに触れることなく育っていく子供達が多いので、泥んこに触れられる施設なんかがあったら良いですね。
落とし穴で良く遊んだが、最近の子供は知らないみたいでチョットさびしい
おままごとで遊んでました。
毎日泥遊びをして服を台無しにした覚えがあります。今は、コンクリートだらけですよね。
汚れることが嫌いだった。
たくさん遊びました。
学校のグランドで走り回っていました。
今の子供たちと違い、外遊びが多かった分、泥遊びも盛んでしたね。泥と水があればおままごとの始まり。少量の泥に水を入れてコーヒー牛乳の出来上がり等いろいろなことを想像しながな遊んだものです。そのコーヒー牛乳をほったらかしにして、ボウフラがわいて、成長した蚊に刺されて手や足が腫れてぼこぼこになった事も一度や二度ではありませんでした。今の子はそんな経験が無い子が多くとても可哀想ですね。
稲刈り後の田んぼで、根っこを抜いて投げ合っていた。その時、目に当たり、病院送りになった。
雨の日でも外で遊んだり、畑仕事を手伝ったりした思い出があります。
昔はあまり好きではなかったけれど、今になって、子供と、自宅に砂場を作って、ドロンコ遊びをしています。
隣が田んぼだったし、かえるを捕まえたりした。
公園でよく遊んだ。
砂場で水を入れてままごとをしていました。泥団子にコーヒー牛乳・・・
よく泥団子を作っていました。硬いのができるとうれしかったものです。
泥だんご。最近はきれいな泥だんごを作るのが、大人でも流行っているそうですが、堅さを競ってもっと豪快にやってましたね。
雨が降ると水溜りに入って遊んだり、泥だんごを作ったり。
女姉妹だったせいかあまり泥遊びをした覚えはないです
東京生まれの東京育ちで、通学は電車。土を踏まずに生きています。
泥んこになってまで遊んだという記憶はないです。
泥遊びはあまりしたことがなかった。
子供の頃住んでいた家の前の道は、まだ舗装されておらず、それは楽しし楽しい空間であった。特に雨上がりの後は、所々に水たまりが出来ており、我々より先に必ずのようにアメンボーが来ていた。まずはアメンボー取りから始まって、水たまり飛び(それなりの大きさの水たまりを幅跳びで飛び越える)、水たまり飛びを始めると飛び越えられない者がいて、水たまりの中にジャポン。飛べた者もより大きな水たまりに挑戦するので、やはり水たまりの中にジャポン。集まった者ほぼ全員が泥まみれになり、帰宅。するとそれぞれの家から一斉に母親の怒鳴り声の合唱。楽しかったな。
空き地で遊んだし至る所が土だった気がする。
家の隣が公園だったので夕飯まで遊んでました。
結構田舎に住んでたので虫とりやザリガニ取りした。
子供の頃どろどろになりながらドブ川でよく遊んだものでした。我家の子供は泥んこになってほとんど遊んでいないと思う。秋のイモ掘りでも母親に怒られながらやっているのをみるとちょっとかわいそう。指先の感覚が私達とは違ったものになってしまうのかな・・・
育ったところは海の側だったので、泥んこというより砂まみれだった。巨大な砂場のようなもので、素足で歩くのも気持ちがよく、砂につけた足跡が波で消えるのを飽きずに眺めたものだった。しかし、幼児期が過ぎるころにはそんな小さな浜辺でも、公害が問題になり始め、海の汚染が深刻化し始めた。小さな頃に遊んだ海も、小学校を卒業するころには遊泳禁止となり、寂しい思いをしたことをよく覚えている。
どろんこ、はあまりないです。砂まみれ、芝生まみれなら結構ありますが。
自分が子供の頃は、自宅の周りには土がたくさんあったので、洋服を汚しながら遊んだものです。
子供のころは、汚して帰ると親に怒られたという記憶はあるが、泥遊びはあまり覚えていない。田舎だったので、かえって土の地面よりも草やぶの方が多かった気がする。
庭があったので穴を掘ってそこに水を入れて池にしてみたり、泥んこでおにぎりを作ったりしていました。
田んぼの中を走り回っていました。(凧揚げしたり、れんげつみしたり)今の子には出来ない遊び?
泥の山をダンボール等で滑り降りてた。
泥だらけで基地を作って遊んでいた
東京で生まれ育ったので、長期の休暇で訪れる母の実家の畑や田んぼや雑木林などは、ただそこにあるというだけでわくわくするものでした。東京っ子にとってはまさに大自然だったわけですが、結構ちまちまとした遊び方をしていたかもしれません。畑の土で泥饅頭づくりとか、雑木林のはじっこで宝探しとか。でも、おばあちゃんのまねをして、はだしで畑を歩き回ったときの感触はまだ足の裏に残っています。その頃の体験が私自身の感性の育ちに大きく影響したし、私の原風景もそこにあります。なにはなくても自然は大事、子どもにとって。と思います。
泥だんごを作ったり、固めてうさぎを作ったりしていました。
砂場ではなく畑の土の感触ですね。母の実家は農家だったので、幼い頃よく畑巡り?をして様々な野菜や果物を見ることができました。実際に収穫したり、田んぼに入ったり・・・植物に関する思い出がたくさんです。
泥のお団子。他の人のはツルツルで丈夫なのに、私のはすぐ割れてしまいました。
特にどろんこになって遊んだ記憶はない
泥んこになることはあまりありませんでしたが、裏山で遊んでいました。
泥んこになって遊んだ記憶はないけれど砂ではよく遊びました。
家の隣の稲刈り後の田んぼで友だちと毎日野球をしていました。それを地主のおばあちゃんに見つかると、よく鎌を持って追いかけられたものです。
子供の頃、何故か毎日毎日庭いじりをしていた。種を蒔いたり、球根を植えたり、サボテンを植え替えたり。土の臭い、みみずの臭い、雨の臭いを思い出した。
泥、、、よりも砂場でしたので、あまりどろんこになった記憶はありません。。。
光る泥団子を作りました
どぶの中に飛び込んだことがある。どろどろで電車に乗った
砂場でよく遊びました。今はフンが多くてあまり子供には遊ばせたいなくて残念です。
40歳代のコメント
  団地住まいでした。団地の境には生け垣があったのですが、子供にとって生け垣をまわるのは遠回りでしかなく、友達何人かと生け垣の根元に苦労して何本も近道の穴を作りました。たしか、ツツジだったと思いますが、株の間を掘ったため、そこはくぼんで雨の後は水たまりとなりました。そして、戦争ごっこではかならずそこでなぜかわざわざ匍匐前進をしてはい回っていました。
昔泥で作った団子を作り固さをきそって一生懸命磨いたのを覚えている。
夏休み、近くの池で昆虫やさかなをとった
どろ団子をつくっておままごとをした
田舎出身なので、どろんこになりながら探検していた。
ご多分にもれず泥だんご作りは大好きでした。最近では光る泥だんごというのが保育園や幼稚園で流行っているようですね。一度挑戦してみたいなぁ
自分で洗濯していたので汚れるのはイヤだった。
砂場で山を作ったり、ままごとの食品は土でしたし、遊ぶ場所にはかならず土がありました。思い出してみると、しみじみ現在土に触れていないな と思います。
田植えですね。田んぼの泥のヌルッとした感じが心地よかったりもしました。
私が子供の頃は、今のように豊富におやつが食べられたわけでもなかったので、お団子、プリン、おにぎり等々、泥で作った食べ物は、本当に美味しそうでした。今の子供たちは、本物のおやつは有り余るほどあるけれど、泥で作ったおやつには殆ど無縁で、どちらの方が幸せなのかな・・・とも思います。
田んぼのふちに山になっていた土わ田んぼに入れて遊んでいたらひどく怒られた思い出がありますね。
雨の日に水溜りに長靴のまま入ると,時々深ーい水溜りがあって,ひざまでズッポっとはまったことが度々あった。ので,子供が同じことをしてきて泥だらけになっても怒れない。あれって確かに楽しい!昨日も釣りに行った二男はひざまで泥に埋まり友達に引上げられて帰ってきた。底なし沼なんだそうだ。しかしその靴下と靴は洗っても汚れが落ちることはなかった。とほほ。
私の子供の頃というのは30年以上も前の事ですので今とは違い、至る所自然そのものの場所がありました。畑の中に入り込んで泥だらけになりながら仲間同士遊んだものです。夏でも冬でも土のほんわかした感触は忘れられないものです。
泥団子を作って遊びました。
子供の頃、遊びイコール土だったような気がする。感触というより、土の匂いが記憶には強く残っています。田舎育ちではないけれど、近所に神社や森、魚のいる小川やザリガニがいる池など遊び場所にはことかかなかった。冬の朝は霜柱を踏んで学校に通った。帰りは霜がとけて靴が泥だらけになるのはいやだったけれど、幸せな少年時代でした。小さな怪我はしょっちゅうだったが、それで事故はなかったですよ。
泥団子作り 地蜘蛛探し
土に水を混ぜて泥を粘土がわりに、色んな物を作って遊びました。爪や、手の指紋に詰まった泥汚れを母が一生懸命取ってくれたのを覚えてます。でも、怒られた記憶はありません。私が小さい頃、祖母の家の内部にカチカチに踏み固められた土の土間がありました。玄関、奥のトイレへ続く廊下(?)がそうでした。昔の日本の家屋には、当たり前の様に土がありました。今では、小学校の校庭でさえ、土が無くなってますよねぇ。
砂場や海岸で山を作ったりしたような気がします。あまり記憶力が良い方でないので、曖昧ですが。
おたまじゃくしやザリガニを取ったり、田んぼの中のかえるを捕まえたり、森の中で昆虫採集。土の坂をダンボールを使って滑り降りたりもしたし…ホントいつでも泥だらけ!なつかしいなぁ。
公園でよく遊んだ
忘れた
昔はコンクリートの道があまりなかったので、道路、広い庭など土に触れる場面が多く、庭に鉄棒があり、犬も庭で放し飼いができ、駆け回っていた覚えがある。。
小川で、木、石、泥でダム(川をせき止めて)遊び、サワガニやかえるを放しして遊んでいました。
毎日泥んこでした。
遊んだはずなのに、思い出はないですね。
泥だんごもよく作ってました。親に怒られましたけど・・。
小学生の頃、近くの空き地に大きな水たまりがあり、深さが股下ぐらいだったので、遊んでいるうちにズボンが濡れ、しまいには泳いで全身びしょ濡れの泥んこになった事を思い出します
小学校5年のとき近所の水溜りのような、浅い池のようなところに入って、太ももまでずぶずぶにしながら、ザリガニを取ったことがある。普段、とてもきれい好きな母が、まったく怒らなかったのが、子供心にとても不思議に感じられたのを覚えている。私の子供たちは、もうそういうことをしたくても、場所がない時代になったしまった。今の時代は、やっぱり子供にとっては、ある意味で、恵まれない時代なのかもしれないと思う。
泥団子をぶつけ合ったことを思い出します。悪ガキは中に石ころを隠したりして・・・。ちなみに、私はそんなことはしてい・・・ました。すみません。
あまり泥んこ遊びはしなかったような気がする
泥だんごの大きさを競う遊びをしていて、よい土が無いので、お寺の土塀を削ってだんごをこしらえてしかられた。
ドロのおだんごをよく創った
田舎だったので、毎日泥んこだった
小さい頃は土の上でよく遊びました。縁の下のあり地獄なんて最高に面白くてありを捕まえては放り込んでそれを眺めたり、庭の土を掘り起して泥団子も作りました。楽しい思い出です。3年前までは庭はお花畑で四季の花を楽しみましたが、今はかろうじて植木ばちの雑草を抜く程度です。
泥んこになるというか、それが当たり前でした。そういえば、土のあるところに行かないと土に触れないということに、今改めて知らされました。
あまりないと思う。
田舎育ちです。小学生のころの秘密基地は自分たちで掘った洞窟?でした。
家の周りには土はなかったのですが、春先になると「つわ」採りに喜んで付いて行っていました。時には、余りにも面白いので全く経験のない友達を誘い土地勘のある親戚に同行してもらい、山の中に入り込み、真っ黒になるのにも気付かない位夢中になった幼い頃の思い出があります。郷里の長崎は平地より山地が多く、民家から少し歩いただけで森林・雑木林はすぐそこって感じでしたので、自然に土とは親しんでいたと思います。
服を汚して母親に怒られたこと
遊び場はいつも田んぼでした。田の土を丸めて投げあったり、わらの中に基地を作ったり、現在は都会住まい、わが息子が可哀相です。
50歳代以上のコメント
  実家(埼玉)へ行って、田んぼの横に流れる小川をせきとめ、水を掻きだして泥まみれになりながらどじょうやザリガニ、シジミ等を取ったのが一番懐かしい思い出です。
季節事の楽しみをした。たとえば春はつくし、のびる、せり、れんげなどを日が暮れるまで家族で採りに行き夏は川へ入り魚、亀などを採りまわった真っ黒になりながら。秋はどんぐり、さつまいもを落ち葉で焼き、冬は霜柱を踏み。又、そんな季節を過ごしたい
郊外に住んでいたので、ほとんど一日中泥まみれで、川、沼、田んぼでも遊んでいました。子供達にも、洗濯は大変ですが、なるべく経験させています。
ありの巣に水を入れていた。
気の遠くなりそうな昔、私たちの祖先が海から陸地へと這い上がり色んな物に触れ何を如何感じたかは知る由もありません。生き抜くことで精一杯だったでしょうが、初めて触れた土への感触も何かしら有ったはずです。今までになかった厳しさかも知れないし、安らぎかもしれない。這いずり回り、四足になりやがては足と手で土に触れてきたのでしょう。今の私たちのDNAにその経験値が組み込まれているからこそ土に対して様々な思い入れが交差すると思うのです。子供の頃町中を駆け巡り土に関わるもの総てが遊びであり楽しかった。亡くなった祖母は転んで出来た傷口につばをつけ「天と地の神様、痛いのイタイのつれてゆけー」と御呪いをしてくれ幼心に”我慢する”事を知った。お腹の子(妹)が欲しがっていると壁土をほじっては藁を食べている(妊婦の行動)母を見て、同じように食べたことがある。ジャリジャリした感触はい今も消えていない。背負うものも無く引きずるものも無く、悲しみや苦しみも感じなく、毎日が手ぶらで過ごせた子供の頃に比べ、大人になった今の様変わりは大きく違っている。あれ程親しんだ泥や土に対してネガティブであり、忌み嫌う慣用や代用として「泥まみれ、かぶる、なする、吐く、這いずる、泥試合、泥棒、、、。」「土がつく,土気色,土臭い、土方、、、」等を用いている事に気づいていますか?
近所のお兄ちゃん達が路地の真ん中に落とし穴を作って見事おばちゃんをはめたところ、もの凄く怒ったおばちゃんにとっ捕まって、めちゃめちゃ怒られてるのを見たことがあります。
子供の頃は今よりも寒く、冬の地面に出来た霜柱を分で歩くのが面白かった。
怒られた
忘れた
泥饅頭を作ったり、砂遊びをした
ターザンごっこ。木登り。草の家つくり。道路工事現場での危険なトロッコ遊び。今の親はつくづく過保護だと思います。
ドロのおだんご作って遊んだ事あります。今の子はそういうのはないのでは・なんんだか可哀相に気もします・・・
子供同士で山を駆け回ったり、川で泳いだりした
実家が農家だったから畑の中でさつま芋ほりや、草取りをした
小さい頃は、土の道が殆ど、土の道でビー玉を弾いたり(ビー玉遊び)、地面に釘をさして(釘さし)よく遊んだものだ!
子供の頃、庭に苺がなっていた。摘んで食べるのが楽しみだった。小学生の頃、隣の女の子と,空き地や林で暗くなるまで遊んだが、何故かとても充実感があったことを記憶している。
やっぱりどろんこになって遊ぶ事は思い出になりますね。

 
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