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 アンケート

 
第15回
01. 木とのふれあい
02. お風呂

アンケート実施期間:2002/06/10〜06/30  有効回答者数: 208人(男性:80人,女性:128人)


『木とのふれあい』
建物には、地元の木材を使うことが
その土地の気候に合っていて、よいといわれています。
昔は身近であったはずの国産の材木は、近年安価な外材や
他の素材に押されて、存在感が薄くなっているようです。
構造材だけでなく、仕上げに使われる材も無垢のものより、
狂いや歪みの少ないと言われる集成材が多く使われるようになってきました。

あなたがご自宅を建築する際には、どんな木をどのように使おうと思われますか?


>> pick up comment
オーク材の家具が好きで集めているが、傷がつきやすくて神経を使う。
それもまた味と思えれば良いのだが、まだそこまでふっきれない。
家中木を使っていたらとても気持が良いが、
傷つくのを恐れてストレスが溜まってしまうのではないかと心配に思う。
これも普段からあまり木材を扱わないために上手く接することができなくなっているのだろうか?
(32歳 女性)

>> pick up comment
うちの実家は昭和初期に立てられたもので、(S2年頃)建物にも特長があるのですが、
大きな木がかなりつかってあります!
一度改築しようと大工さん(?)の人に見てもらったんですけど、
こんないい木がつかってあるところは少ないといわれたらしいです・・・・
祖父はこの木を再利用して建て直しがしたかったのですが、
いまそういう大工さんはほとんどいないといわれたそうです・・・・
そして建替を止めました!風が入るような設計になっていて夏は涼しく(冬は少し寒いのですが)、
今すんでいる私の家は今仕様って言うか・・・・
出来れば将来木の家にすみたいと思っています!
(25歳 女性)

Q1. 近所の山などに、ご自分もしくはあなたの子孫が将来使うための“あなたの木”を
   植えてもらえるとしたら、やってみたいですか?


山に木を植える作業という大変さを考えられたためか、男性の方が女性よりも比率が1割ほど多くなりますが、
「すでにやっている」から「機会があればやってもいい」までのかたが全体の80%弱になります。
環境問題やご自分が自然に触れる機会が以前より減っていることにたいする危機感から、
自然を感じるものを少しでもふやしたいという気持が多いようです。

>> pick up comment
育った家は、ふんだんに木を使っていたけれど、いつの間にか木を使う家の方が
高級になってしまった気がする。
森林伐採が問題になっているせいもあり、個人の家に大量の木材を使うことに若干のためらいも感じる。
木材と人間の生活の蜜月はもう終わっているのかもしれない。
蜜月を取り戻すのは、もっと木について多くのお金と時間を費やしてからだろうと
(37歳 女性)

Q2. あなたがご自宅を建築もしくは増改築されるとしたら、木材をどこに使いたいと思われますか?
   (複数回答可)


選択されたものは多い順に、
床材、家具・テーブル・椅子、階段、構造材、ウッドデッキ、ドア・窓枠、天井、押入・収納となります。
まずは肌を接するところに木を使いたいという気持が現れているのか、
構造材としても、木は目に見えるところに使うことがご希望なのでしょう。
男女比では、男性のほうが比較的希望が高いのですが、「押入れ・収納」に関しては女性の方が多くなります。
木の感触を重視する男性とともに、女性は機能面でも木を使うことを考えていらっしゃるのでしょう。

>> pick up comment
子供の頃住んでいた家は木造2階建てでした。
縁側もあったし、庭には柿の木やバラなどが植わっていました。
いま住んでいるマンションは確かに快適でです。
いや快適すぎるような面もありますが、床はフローリングにしてあります。
いま唯一身近にある生活空間の中で感じることのできる木です。
なぜかフローリングの上にいると落ち着きます。
(女性 30歳)

Q3. あなたのご自宅の中では、どんな種類の木が使われていると思われますか?(複数回答可)


1位はヒノキ(24%)、2位は杉(20%)と、共に柱に使われる木になりました。
ご自宅の中で木材が使われていることは知っていても「その木の種類はわからない。」
という方が60%近くになります。
「木の種類はわからない」と答えた方は男性では43%、女性では66%と
木についてのこだわりは男性のほうが強いのでしょうか?

>> pick up comment
古い古い木造の家に育ったので、当たり前のように思っていたのですが、
太い大黒柱、木枠の障子、畳・・・贅沢だったんですね。
今、大人になって私達の世帯で家を新築しました。
やはり木の温かさが必要だと思い、木造住宅にしました。
子供が小さいので、和室は作らず全室フローリングにしました。
木造とはいえ、今の家は機密性がよいので、冬でも裸足で過ごせます。
裸足で走り回れる木の床が大好きです。
(32歳 女性)

Q4. 木材について、あなたはどのようなイメージをお持ちですか?


木のイメージについて、圧倒的に多かったものが「温かい」で
その後順に「美しい、割れる・曲がる、高い、腐る」となります。
男女比較で差がでたのは、「美しい、高い」の点で、男性が女性に比べ2倍近く多くなっています。
男性には木に対する憧れが強いのでしょうか?
森や木に対しては「神秘」のイメージをもたれるかたも多いようです。

>> pick up comment
木の肌触り、香り、日差しの移ろいと共に変わる優しい色、昔からなれ親しんだ木目等、
私たちの五感に優しいものであるけれど自然の中で木が木であり続けることと、
其れを切り倒し道具や住まいの木材にすることも同じレベルで「温もりや安らぎ」を望み、
感じるのは可笑しいし、身勝手な驕りと感じたことがある。
森や木には精霊が宿り、人間は自然の中で共生させてもらっているから
大切に守り続けなければいけないと教えられて育ったけれどどこかでその歯車が狂っていると思う。
「ぬくもりが まだ残りし 背比べ 亡父の想い そっとなぞる」、、、
想い出は尽きません。
(50歳 男性)

Q5. おばあちゃんちにあった大黒柱や、近所の神社にあった鎮守の木など、
   あなたの“心に残る木”はありますか?


年代が高くなるほど、「心に残る木」をお持ちの方は増えていきます。
生えている木は心に残り、生活の中に使われると家族の記憶を刻み続けていきます。

>> pick up comment
台所の木の柱に、自分の毎年誕生日の日付で、身長の印を母が付けてくれてました。
今はもう解体してありません。自分の子供のは、6尺の塩ビ出隅材に毎年付けてます。
家を引っ越したり、解体しても残せるからなんですが、本音は、柱に印を付けるのをためらったからです。
子供の頃は、図工で彫刻刀を使うようになると、早速、自宅の木という木を彫って回ったのですが、
今考えると住宅の木というのは、その仕上がり、意匠的な事とか、質感、機能性などより、
そこに住む家族の成長、変化と共に変わって歴史を記録、記憶出来る建材とも思えます。
(43歳 男性)

Q6. 以前は身近にたくさんあった木材が最近少なくなっているような気がしませんか?
   あなたの木に対する考えや思い出などをご自由にお書き下さい。

>> pick up comment
小学校にあった桑の木。
高い木だったので直接のぼったりはできなかったけど、下に落ちた熟した桑の実を拾って食べた。
学校が改築されることになって、大半の木は切られてしまったと記憶している。
どうして「植え替えよう」とは思わなかったんだろうか?
どうしてそんなに簡単に切ってしまえるんだろうか?
なんとなく今でも嫌な思い出として残っている。
(24歳 女性)

>> pick up comment
木材は私にとっては青春そのものです。
学生時代には木材を物理的、生物的、化学的に学びました。
学んだ内容はそれはそれで知識として蓄えられておりますが、それよりも大きく未だに心に残っているのは
木材に対するロマン、夢であり、科学ではとらえきれない人間と木材との関わりの深さです。
例えばバイオリンを代表とする楽器類は、木材の種類、木目、産地だけではなく、作り手の技と愛とが、
生物を芸術に変えてゆきます。楽器ばかりではなく、数々の木材の工芸品もしかり。
さらに、同じ思いで木材ならば工業製品をも作ることができます。
それは、いかにその木材の素材を活かすことができるかにかかっているかであり、
例えば丸太を瞬時の判断でどの様に切っていけば効率よく板材がとれるか、というふうに、
木材に関わる全ての人はその個性にふれることができる懐の深さでもあります。
国産材を使うときには、それを植樹、育てた人に思いをはせることもできるし、輸入材の場合は、
その産地からの長い工程を想像するだけでも楽しくなります。
中学、高校は桐、大学は欅と桑。
意識せずとも木材とずっと関わってきており、現在はその工具の商品を企画することを業務としています。
専門書、一般書を問わず、今でも木材に関する書籍や住宅に関する書籍は月1冊は読んでおり、
私の身近には木材が少なくなっているような気は特にしません。
もし、少なくなっているとすれば、以前とは木材の見た目が変わって来ているだけであるか、
個人的に木材との関わりが減ってきているのではないでしょうか?
(40歳 男性)

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20歳代以下のコメント
  昔は小学校の帰りに近くの山に行って木登りをして良く遊んだ。だが、その山も開発の波に飲まれ、今は墓地造成のため半分禿山になっている状況である。遠めにそれを見ていると、すごくやるせない気持ちになる。
小学生のときに林業体験をしに、山へ行きました。それいらいたくさんの木を見たことがありません。
最近近所にあった自然公園も、木が切り倒されてとても寂しいです。小さい頃は木の周りをグルグル廻っておにごっこしたりしてました。今の子供達は自然の中で遊ぶことが少なすぎてちょっと寂しいですね。
小さい頃はよく近所の材木屋で端材をもらい、工作に使っていました。最近の子はあまりそういうことはしなくなったのかなと思うと残念です。
そんなこと、気付かなかった。
古くなると白蟻が沸いたりで、いいことないのでは?しかし、温かみがあるのは確かです。減ってきているということは木よりいい素材があるということでしょうか。
自然に親しむ機会が少ない都会では、木の温もりが数少ない自然との繋がりを感じさせてくれます。
今現在は木よりも強い材料が多くあるので、木材の重要度は低くなっているような気がする。
小学校にあった桑の木。高い木だったので直接のぼったりはできなかったけど、下に落ちた熟した桑の実を拾って食べた。学校が改築されることになって、大半の木は切られてしまったと記憶している。どうして「植え替えよう」とは思わなかったんだろうか?どうしてそんなに簡単に切ってしまえるんだろうか?なんとなく今でも嫌な思い出として残っている。
小学校にイチョウの木があって落ち葉を拾った思い出が有ります
森林破壊が進み緑が減っているので伐採は止めた方がいいと思うし木材が少なくなったことは仕方がないことである。
母方の祖父は自分の手で家を建てたと聞きました。むき出しの木の肌、立て付けの悪い納戸などは母に言わせれば「頑固者が素人仕事をしたから不便だ」との見解。でも私は大好きなんです。今でもたずねていくと心休まるのは木のぬくもりが至る所に感じられるからだと思っています。
地元は村なので、木はたくさんあるが、杉とかもたくさんあるので春先は空が黄色くなるほど花粉が飛んでいる。花粉症もちとしては辛い所があるとはいっても、雑木林もあるので、子供のころはカブトムシやクワガタをよく取りにいったり、木の上に秘密基地を造ったりして良く遊んでいた。子供の頃にクワガタをたくさん捕まえた木は今でもあり、たまに実家に帰ると取りに行ったりしている。
うちの実家は昭和初期に立てられたもので、(S2年頃)建物にも特長があるのですが、大きな木がかなりつかってあります!一度改築しようと大工さん(?)の人に見てもらったんですけど、こんないい木がつかってあるところは少ないといわれたらしいです祖父はこの木を再利用して建て直しがしたかったのですが、いまそういう大工さんはほとんどいないといわれたそうですそして立替を止めました!風が入るような設計になっていて夏は涼しく(冬は少し寒いのですが)今すんでいる私の家は今仕様って言うか出来れば将来木の家にすみたいと思っています!
今は、木造の家よりも、鉄筋などの家のほうが耐久性などのことを考えるといいと思います。確かに、木も和風で、日本にはあうと思います。
思います。木は暖かい感じがするので、積極的につかって欲しいです。
木のにおいが好きです
家の中のいろんなものが、たとえばキッチンでも木でできたものが少なくなり、化粧版のようなものが増えてきて、人工的なものが多く、ちょっと寂しい気がします。
以前は身近にたくさん、ありましたね、「木」自体の存在とか匂いとか感触とか。ふと考えてみて、最近は本当に意識しないとわからないくらい触れる機会がないかもしれません。造り付けのヒノキの箪笥や黒檀の柱、赤松やヒバやイチョウの木々。小さい頃はいつもそばにあったのになぁ、とちょっと残念に思う。心に残る木、は、近所の友人宅あったものすごく背の高〜い、ポプラの木。お家を取り囲んで守るようにそびえたっていました。
西洋文化の流入によって木を使った建物などが減っていると思う。しかし、私が家を建てるとするなら木を使って建てたい。(夢は総ヒノキ造りの平屋!)鉄筋やコンクリートは寿命が数十年だが、本当によい木を使えばその何倍も持つ。(法隆寺などがいい例)日本の風土に合っているということだと思う。
家のどこかに木はあるといいと思ういつも自然のにおいをどこかで感じていたい
最近ははりぼての木が多いように思います。もっとずっしりどっしりとした木のぬくもりを感じたいです。
私の実家が田舎なので木はあちらこちらにあるし、最近建てなおして今いましたが、前の家は150年くらいの古い家でした。意外と木はもつものなんだなと思いました。今思うと、とても想い出深い家でした。
木の伐採や建物の増築等、近代化が進むにつれ自然に対する意識が薄らいでいたのが原因だと思います。これからは砂漠化などの問題も含め世界レベルでの対応が必要だと思います。
自分の家は、天井を木目調のクロス貼りにしたのですが、これが本物の「木」だったら最高なのに!
鉄筋の家や建物ばかりになりました。たまに木造の建物を見ると暖かくとても安らぐ感じがあります。将来家を建てたら木をたくさん使いたいと思っていますが、高いんでしょうか?
木材の再利用が必要。
昔の暖かいイメージがありますが、マンション建築などで回りも少なくなってきました。なんとなく温かみがなくなったような気がします。夏になったときのセミの鳴き声も少ないですし。
ひのきの香りが好きです。もし家を建てたら、ひのき風呂を作ってみたい。
心をなごませてくれるので自分はたくさん使いたいと思います
木で出来ている家が一番住みやすい気がします
木の良さをもっとアピールして、利用が増えるといい。
30歳代のコメント
  ロースキルな技術者でも使いこなせるのが新建材樹脂だ、と考えるとやはり一生の住まいは「木」が息づくものであって欲しいと思います。
これから自分の子供が木に触れ合う機会がないと思うとさみしい
最近は、木だけで作られる家が本当に少なくなってしまった。それ以前に、木事態が少なくなってしまったのがとてもかなしい。
建築だけではなく、梱包材として使われることが少なくなってきたんですよね。魚を入れる箱とかビールとかパレットとか。結構ああいうものを復活させると木ってもっともっと身近になるんじゃないかな。プラスチックや発砲スチロールなんてヤメテさ。
子供の頃住んでいた家は木造2階建てでした。縁側もあったし、庭には柿の木やバラなどが植わっていました。いま住んでいるマンションは確かに快適でです。いや快適すぎるような面もありますが、床はフローリングにしてあります。いま唯一身近にある生活空間の中で感じることのできる木です。なぜかフローリングの上にいると落ち着きます。
木が減ってしまい、生態系が崩れてしまう。。。
木登りをよくした記憶がある
昔から日本では「木には魂が宿る」と考えられ、建築に利用する場合においても大切に扱われてきました。しかし近年ではあくまでも建築材として捉えられがちのような気がします。「木を読む」とか「木を知る」といった言葉は死語になりつつあるようですが、もう一度昔から培われてきた木の文化や知識を再発掘して、現代の建築物に利用できたら、木造住宅ももっと豊かになるのではないでしょうか?
しっかりしてて長持ちのイメージがある。
環境破壊などで木が少なくなって寂しい。
今でも我が家には屋根裏部屋があって、そこは私の個室となっています。家の梁がそのまま見えて、手に届く高さです。とても味があって、ずっと残したいと思います。
コンクリートの家にいると落ち着かない。やっぱり木の多い家は落ち着く。
私は、木にぬくもりを感じるので、大好きです。
木のぬくもりは大切かも知れませんが、耐久性や火災など考慮すると和室に何本かあるだけで十分にも思えます。
今の住居は軽量鉄骨のアパートなので木材は殆どありません。フローリングの床も新建材だと思います。実家は祖父の手作り(祖父は宮大工)で、木造建築でした。木のぬくもりがあり落ち着ける家です。最近の家は高気密で性能は良いと思うのですが、木のぬくもりを感じらる家には魅力を感じます。
オーク材の家具が好きで集めているが、傷がつきやすくて神経を使う。それもまた味と思えれば良いのだが、まだそこまでふっきれない。家中木を使っていたらとても気持が良いが、傷つくのを恐れてストレスが溜まってしまうのではないかと心配に思う。これも普段からあまり木材を扱わないために上手く接することができなくなっているのだろうか?
このテーマに答えている間、ずっと「となりのトトロの楠」が頭から離れません。
子供のころ近所の林で、木を揺らしたり、登ったりして、くわがた、かぶとむし採りをしたのを覚えています。けがもしたけど、楽しかった!
ぬくもりを感じるのでいろんなところにいかしたい
古い古い木造の家に育ったので、当たり前のように思っていたのですが、太い大黒柱、木枠の障子、畳贅沢だったんですね。今、大人になって私達の世帯で家を新築しました。やはり木の温かさが必要だと思い、木造住宅にしました。子供が小さいので、和室は作らず全室フローリングにしました。木造とはいえ、今の家は機密性がよいので、冬でも裸足で過ごせます。裸足で走り回れる木の床が大好きです。
当地はヒノキの産地であるのでやはりヒノキの家は最高です。
小さい頃、我が家のお風呂は「まき」で沸かすお風呂だったので嫌というほど毎日のように見ていましたが、最近ではほとんど見なくなってしまいました。子供にはとても熱いお風呂でしたが今はとても懐かしいです。
森林を勝手に切ってつかまった業者がいると知り驚くとともに怖いなと思いました
これといった思いではないが、自然は大切にしなければ行けないと思う。
現在、内装がクロスではなく土壁に戻ってきていると聞きます。コンクリートの建物から、木の建物へと戻っていく日もそう遠くないかもしれません。
子供の頃田舎に行くと、てっぺんが見えないくらい高い木が茂っている森が、すぐ近くにありました。あの静けさと冷たさは、あの場所でないと感じることが出来ないと思います。
かなり少なくなってきていると思う。日本の伝統が少しずつ崩れていくようで少し寂しい
貴重な資源になってきていると思う。
山は針葉樹ばかりであまり楽しくなくなってきたと思います。
通っていた幼稚園のブランコ脇にあった大きな銀杏の木。秋になるとみんなで銀杏をひろって、幼稚園バスの中に異臭を漂わせておみやげにした。今でもその木はあるけれど、自分が成長したせいか大きいと思えなくなってしまった。
普段、あまり木に親しんでいないのでわかりません。
子供の頃、木登りをしていて太枝に手を掛けたら毛虫を掴んだりしてぎょっとしたりしたが、何となく木には生き物の温もりというか、自然の暖かさというか、不思議な生命感を感じた。懐かしい。
木は生き物なので本当に温かみの感じられるものであると思いますし、身近にあると気持ちも安らぎます。無機質な材質のものが多くなってきて残念な感じもしますね。こういう世の中だからこそ、木のぬくもりを感じられる空間作りを大切にした方が良いのではないかと思います。
何となく見てるだけでもいやされる存在
勤務していた幼稚園の隣のお寺に、ふくろうがすみかを作っていた大きな木があった。「大きい木」という歌があり、卒園式にはみんなでその気を思い浮かべながら歌った。
杉や桧の林ばかりで雑木林が少なくなった
最近は、本建築も少なくなりユニットのように簡単で短期間で仕上がるような家がいっぱい。外見はとってもおしゃれだが、温かみが感じられない。小さい頃は、そんなおしゃれな家に住みたいと思っていたが、歳を重ねるとやっぱり木の家のほうが。時間お金のコストがかかっても、やっぱりいいものに出会いたいです。ましてや、長い付き合いになるのなら、なおさら。
家を建てて、木を植えて育てたい。
子供の頃住んでいた団地の近くに公園があり、そこに大きな木が植わっていたんです。公園の遊具のひとつになっていて、よく登って遊びました。友達とどちらか高くまで登れるか競ったり、枝にぶら下がって怒られたり、懐かしいです。
私が子供の頃は近所に木登りにちょうどいい木があったものですが、近頃はさっぱりお目にかかれなくなりました。
木の家が懐かしいです。
実家の近くの神社も林だったのに何か建物をたてるためになくなっていました。昔はカブトムシもいたのに、今の子はどこでカブトムシをとるのかな
おじいちゃんの庭にあった柿の木の柿が傷んでたくさん落ちていた。だから今も柿が嫌い
子供野頃新築したばかりの自宅の中は木の香りが漂っていた。
湯船の中で年々、出てきているお腹とにらめっこしています。「ヨーシ!身体動かして、明日のお風呂の時間は少し減らしてやるぞ〜。」なんて何度、思ったことやら。出来ることなら、ジャグジーがあるといいな。1日の疲れがとれるかも!
自然が少ないので子供達をよくキャンプに連れて行く。
新築の家の木の香りが好きです。木は暖かい感じがして癒しの効果抜群だと思う
木がたくさん在ると空気が良いというイメージがある
木が好きです。あったかいぬくもりを感じます。家の中に木がある生活は理想だと思います。
木は難しいです。
木にはぬくもりがあって、住んでる家族を暖かく包んでくれてるようです。コンクリートに包まれた家もカッコイイとは思いますが、もし家を建てるなら木に囲まれた、どこか懐かしくもある家が良いと思ってます。
木のぬくもりを考えると、生活には欠かせないものと感じるが、伐採により自然が壊されることを考えると、複雑な心境です。
木の家が暖かくていいと思います。もっと自然に近い生き方をしたいと思います。
木材は、加工がしやすく、温かく、強度もある。また、比較的容易に再生できる部材である。素人でも簡単に利用できる(日曜大工等)。昨日も家を建てているところから切れ端をもらってきて、縁先に置く足踏み台を作ったとこです。みなさん、木を大事にしましょう。
育った家は、ふんだんに木を使っていたけれど、いつの間にか木を使う家の方が高級になってしまった気がする。森林伐採が問題になっているせいもあり、個人の家に大量の木材を使うことに若干のためらいも感じる。木材と人間の生活の蜜月はもう終わっているのかもしれない。蜜月を取り戻すのは、もっと木について多くのお金と時間を費やしてからだろうと
小学校で銀杏を拾いに行ったお寺の大銀杏、秘密基地にしていた裏山のうろのあるケヤキ、木登りして読書も出来た公園の偽アカシア。子供の頃いろいろなきと接していたせいか、家を建てる時も合板よりむく材にこだわりました。特に床は、親戚の子供が集まって走り回ってもびくともしないので、親子共々大好評です。
身近に木材がたくさんあったことはあまりないような気がする。
そう言えば子供の頃は近所に製材所がいくつかあったような気がする。クワガタやカブトムシを捕まえたときにそこに大鋸屑を貰いにいったりしたものだ。家にはできるだけ木を使いたいと思うのですが、木材は山に生えていてその山から伐採されてきた木が製材所をとおして身近な床材や壁材になっているという木の流れの意識が薄くなっているような気がします。子供達には木は鉄やプラステックのように工場で作られているのではなく山や自然のなかで育っているものだということを知ってもらいたいと思い、木の家具づくりを最近始めました。
父が大工なので、木といえば、幼いころ、家の庭で木をかんなで削っていた父を思い出します。鉋屑はとてもいいにおいがしました。また、父は盆栽好きで、庭の花の木を抜いてまで、盆栽の松を育てていました。母がいつも愚痴っていました。そんな父の影響か、木のぬくもりが大好きです。家具もなるだけ木の素材感を重視して選んでいます。
育てるのは良いが、大きく育った木を運搬するのは大変だと思います。現在自分の住んでいる官舎の周囲には様々な木があり、季節毎に私達を楽しませてくれます。しかし「人間の住まい」という空間の中で、大きく育ち過ぎた木々は悩みでもあります。害虫の駆除の為やむなく切られたり、枝からしたたり落ちる雨水が外灯を痛めたり、張った根がアスファルトを壊したり。難しさもあります。
耐久年数のことを考えると、木材の使用が少なくなってきているのは仕方がないかもしれない。
子供の頃は、木登りをしたが、今の子供が木登りできるような木がないのはかわいそうだとおもいます。
小さい頃、建築中の家の前で遊んでいたら大工さんと仲良くなり、木の切れ端をもらいました。違う形のものが欲しくなり、翌日つんである木を持って帰ろうとし、怒られました。
木の床や階段で思い出すのはやはり学校。螺旋階段の手すりは、子供達がさわったり、すべったりしていつもぴかぴかに光っているイメージがあります。木で出来たの学校はやっぱりいいなと思います。
自分の理想は広い庭と木造一戸建て。太い柱で支えられた重厚な感じのする昔ながらの純和風の家で生活できるといいなあ。学生時代、出入りしていた京都北区山中の武術の道場(聴風館)は、琉球畳と直径30cmもありそうな太い梁が印象的な建物でした。そこには、4畳半6畳6畳8畳の4部屋が付随しており、内弟子が生活できるようになっていました。ああいう雰囲気の住居で生活してみたいものです。周辺環境も自然に囲まれており、非常に良いです。
幼稚園で苗木をもらって、庭に植えているのですが、新しい葉が出てぐんぐん育っています。自然をできるだけ残していければいいと思っています。
空気が汚れてくる気がする
木をふんだんに使った2×4の住宅にとても満足しています。
今年新築するので木材を使った家なのでとっても楽しみです
木は自然のぬくもりが感じられて大好き。自分で家を建てるときは木材を普段に使いたい。
40歳代のコメント
  木の家は、やはり落着き年をとるごとにいいものだと思います
家の近くに山がある。しかし、それは杉の生えている山。春先、黄色い花粉が煙のようにパフッ、パフッと出るのを見るたびに、杉花粉症の人はさぞかし大変だろうと思う。
木は自然の恵み。森林はできるだけ残して欲しい。
小さい頃、木材屋さんに、破片などのいらなくなったものを貰いに行って、工作していた記憶があります。
木材は私にとっては青春そのものです。学生時代には木材を物理的、生物的、化学的に学びました。学んだ内容はそれはそれで知識として蓄えられておりますが、それよりも大きく未だに心に残っているのは木材に対するロマン、夢であり、科学ではとらえきれない人間と木材との関わりの深さです。例えばバイオリンを代表とする楽器類は、木材の種類、木目、産地だけではなく、作り手の技と愛とが、生物を芸術に変えてゆきます。楽器ばかりではなく、数々の木材の工芸品もしかり。さらに、同じ思いで木材ならば工業製品をも作ることができます。それは、いかにその木材の素材を活かすことができるかにかかっているかであり、例えば丸太を瞬時の判断でどの様に切っていけば効率よく板材がとれるか、というふうに、木材に関わる全ての人はその個性にふれることができる懐の深さでもあります。国産材を使うときには、それを植樹、育てた人に思いをはせることもできるし、輸入材の場合は、その産地からの長い工程を想像するだけでも楽しくなります。中学、高校は桐、大学は欅と桑。意識せずとも木材とずっと関わってきており、現在はその工具の商品を企画することを業務としています。専門書、一般書を問わず、今でも木材に関する書籍や住宅に関する書籍は月1冊は読んでおり、私の身近には木材が少なくなっているような気は特にしません。もし、少なくなっているとすれば、以前とは木材の見た目が変わって来ているだけであるか、個人的に木材との関わりが減ってきているのではないでしょうか?
木には精霊が宿るといまだに信じています。とても神秘的で安心できる自然です。歴史とぬくもりを感じられる唯一の自然というイメージ
昔、家の裏のイチジクの木に登ってよくイチジクを食べた。
木のないところには絶対に行きたくないというくらい、木、自然が好きです。森の中に住みたいと思うくらい。
木材を使用した家は落ち着くが、最近は環境破壊などの問題で昔のように良い木材がないように思う。
裏山に「神様の樹』と呼ばれる大きな木があります。子供たちの集合場所にもなっています。都会には残っていないのどかな風景が田舎にはまだまだたくさん残っています。
まず思い浮かぶには木登りですね。
昔、おばあちゃんの家のヒノキのお風呂に入ると良い香りがして落ち着いたのを覚えています。
環境の悪化とともに古い木がなくなっていますね
只今,レッドシーダー材にはまっています。安くて素人でも加工しやすい。サンデッキも作りました。棚も置きたいサイズに自分で加工できるのでおもしろいです。道具もジュグソー,サンダー,電動ドリル,グラインダーとぞくぞく増えています。さあ,今度は何を作ろうかな?
日本の気候に合った木材で家を作るというのは夢になりつつあります。高価であるのでなかなか使えません。集成材も気である事にかわりありませんが、やはり無垢材の木の香りはいいものだと思っています。木は工業製品ではなく生物ですので、多少の狂いは仕方ありません。私達がもっと許容範囲を広く持ちながら、木の家を増やせればと思います。
年々木にたいするいとおしさが増してきたように思う。生きている木はもちろんすばらしいが、木材となった木は形を変えやはり人間のためになっている。我々が木に対してできることのほうがぜんぜん少ないということに気づき、愕然とする。
一番身近に自然と触れ合えるのが、木!植木、住宅資材。生活スタイルが、ガらっと変わってしまったが、日本の気候に合っているのは、木では!それも国産材が一番では。優しい木のぬくもりを、今一度!
木には自然を感じさせる温かみがあって、大好きです。初めて自分の部屋を作ってもらった時、横方向に木目が出るような壁にしてもらいました。近い将来、家を建てることがあったら、またそのような壁にしたいです。
台所の木の柱に、自分の毎年誕生日の日付で、身長の印を母が付けてくれてました。今はもう解体してありません。自分の子供のは、6尺の塩ビ出隅材に毎年付けてます。家を引っ越したり、解体しても残せるからなんですが、本音は、柱に印を付けるのをためらったからです。子供の頃は、図工で彫刻刀を使うようになると、早速、自宅の木という木を彫って回ったのですが、今考えると住宅の木というのは、その仕上がり、意匠的な事とか、質感、機能性などより、そこに住む家族の成長、変化と共に変わって歴史を記録、記憶出来る建材とも思えます。
懐かしい気持ちと心を豊かにさせてくれていたようなきがする。
最近は、見た目がかっこいいRCやSRC、木を使ってある家でも、工場でパーツ生産し、現場で組み立てる家が多い様です。しかし、やはり家を建てるなら、木の香りのする木材で建てるのが良いとと思います。最近、仕事柄現場に伺うことが多いのですが、そのたびに木をふんだんに使った家のよさを感じます。特に、室内の内装材は肌で感じるのでより良いものがいいですね。フローリング材は合板よりも無垢材ですし、壁はビニールクロスよりも、無垢材か土壁が良いです。
気にしてない
子供の頃、庭の木に登って遊んだり、実を取ったり食べたり…怒られたが楽しい思い出だ。そういえば、近頃は木登りしている子供を見かけないような気もする。
そうですか?今も、木造の家が主流かと思っていました。
熱帯雨林の破壊に一因が日本にあると聞いてます。これと、住まいとの関係はよくわかりませんが、木材が日本、世界の緑の減少につながっているならば、木材の使用がすくなくなっても仕方がないとおもっています。
家の中で、木を素材にしたものがあると(家具など)なんとなく暖かい雰囲気になると思う。やはり、人間にとって長い時間かけてともに生きてきた生物としての本能を呼び覚まされるのかもしれない。
以前都会で生活していて、あまり関心が無かったのですが、子供のころからの遊び場だった空き地の大木が切り倒されてマンションになったとき、なぜか悲しくなったのを覚えています。はじめあまり気にしなかった緑が無いことが急に気になって、田舎に引っ越しました。庭には、できる限り緑を増やすとともに、庭に生垣にを植えています。
木の温もりは大事です
気は良いよ
おさななじみの中で木登りができないのは私だけであった。久し振りに森林浴を、と山へ出かけたら花粉症になってしまいました。木に関してはあまりいい思い出がありません。
山を管理する人が高齢化の為か、少なくなっているようで困ります。
山を削ってマンションを建てたり、ゴルフ場にしたりもっと自然を大切にしてほしい。
木は成長するのに長時間を要する。最近は住宅の廃材処理が問題になったりしているが、できる限り再利用していくべきだと思う。
落着く
木登りなど遊具だった。
土地開発のあおりで国内の木が減り、またして低コストの外材を日本は使い放題の昨今です。環境問題として世界の森林をこれ以上荒らすと生物の生命は危ぶまれることとなり、次世代の人々に申し訳ないです。今、何とかしなければいけな時期が目の前に迫ってきていますね。学校教育でももっと真剣に『環境問題』について討論する機会を沢山とってほしいです。木の温もりは人間にとって欠かせないですね。香いも好きです。
木というより森林は、陸の海だと思います。森も海も子供たちに残していかなければと思っています。
人間との親和性を強く感じる。
50歳代以上のコメント
  ラワンは最近高価になった。これも森林のむやみな伐採と、再利用しない現在までの傾向が続いた為であると思う。もっと木材を大切に使いたい。(畳も同じ気持ち)
家の前に大きな松の木が子供のころからあった。結婚して出戻ってきたらもう無かった。枯れたという事でした。
家内の実家は福島で民家を解体した古材を使った木造住宅です。快適でぬくもりがあり、最高です。自分もいつかはそんな持ち家が欲しいと思います。
木にはぬくもりが感じられるから、植樹が必要だと思う。
木の肌触り,香り、日差しの移ろいと共に変わる優しい色、昔からなれ親しんだ木目等、私たちの五感に優しいものであるけれど自然の中で木が木であり続けることと、其れを切り倒し道具や住まいの木材にすることも同じレベルで「温もりや安らぎ」を望み、感じるのは可笑しいし、身勝手な驕りと感じたことがある。森や木には精霊が宿り、人間は自然の中で共生させてもらっているから大切に守り続けなければいけないと教えられて育ったけれどどこかでその歯車が狂っていると思う。「ぬくもりがまだ残りし背比べ亡父の想いそっとなぞる」、、、想い出は尽きません。
近代化されてまた技術力後退で木が使われなくなった
住宅に気を使うことは暖かい感じがして好きだ。
庭に植えている木を剪定すると、何とも言えない爽やかな香りに包まれます。四季折々の花や実や紅葉の他に薫香も加わって、心癒やされるような気がします。家に材木をたっぷり使ったら、穏やかな気持ちで生活出来ると思います。
木を見ると、落ち着く
私達の命を支え、酸素を供給してくれる大切な木として、小さい端材までも再利用したいと思っています。(特に地球環境を考えるときにこれを抜きにしては語れないと思う)
冒頭の,「その土地に合った地元の木材」は気持ちとしてはわかりますが,科学的なのかどうかは怪しいと思います。国産材にたいする思い入れの強い,あるいは関係者の,人の心情に訴えかけた“しかけ”のようにも感じます。うがちすぎでしょうか。
雨戸や、外壁が木だった昔が懐かしい。
住まいは木が最高
実家には、父が木が好きだったので色々の木が植えられていました。桜、木犀、くちなし、梅、お茶の木、椿、ニッキの木、さるすべり等なかでも私が好きだったのはバナナの木、夏、昼寝をしているとさやさやと風に揺れていい気持ちでした。
やはり日本の家屋は、いわゆる国産材を使った木造住宅が、日本の自然風土にマッチしていていいものだ。
住いの中の木として、床の間の柱板張りの廊下の感触を思い出す。現在の住いは木の木目などを直接生かし建て方が少なくなったと思う。
木材の暖かみは素晴らしいので環境と調和して木材を使用して欲しいと思います。

 
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