第12回目のトモダチ 村島さんのいえ 2004年2月8日訪問

村島 正彦さん (右はユカさん)

1992年に工学院大学修士課程修了。社会空間研究所を経て、現在はフリーの都市計画コンサルタント。というと何だかとても固い人みたいだけど、本人はいたって柔らかな人。本当はどんな仕事をしてる人なのか実はよく知らない。
著書に『自分スタイルの住まいづくり』(廣済堂出版)がある。


誰とつくる家?
シュウ
村島さんのいえに遊びに行った。
小田急線の経堂から歩いて10分ぐらいのところにある『経堂の杜』の中にある。ここは、2000年3月に完成した環境共生型コーポラティブハウスとしてその筋では有名な建物だ。
村島さんは、このプロジェクトに建て主のひとりとして参加した。
そして、自身の体験に加えて、他のコーポラティブハウスや関係者を取材し、『自分スタイルの住まいづくり』という本を書いた。
ぼくと村島さんの出会いは、この本からである。
実は、ぼくも同じ出版社から同じ2000年の12月に『9坪の家』という本をだした。村島さんと同じように自分の家づくりの体験をもとに書いた本である。
集合住宅と一戸建ての違いはあるものの、建て主として家づくりのプロセスを実感したことで書いたという意味では、同じような範疇の本なのだろう。
そして、ふたりとも仕事で住宅に関係しており、一般の人よりも住宅に関しての知識があったというのも共通している。
コーポラティブハウスという仕組みをここできちんと説明する余裕はないけれど、簡単に言うと『住まい手が何人か集まって共同で住宅をつくる』こと。
ぼくは、こういう家づくりの方法もあるんだと10年ほど前に知ってとても興味をもった。
自分の家をつくろうなんて気はなかったけど、コーポラティブハウスみたいな方法だったら、楽しく家づくりに取り組めるだろうし、何にもまして気のあう仲間といっしょに住むことができたら最高だろうなあと思った。思いはつのり、数人で実現に向けて、いろいろと話し合いをした時期もある。残念ながら、その時の計画は宙に浮いてしまった。
いいだしっぺのぼくが9坪の家を建てることになってしまったからだ。
でも、コーポラティブハウスの夢は今だにあきらめてはいない。
5年後ぐらいにはなんとか実現したいと考えている。

今回、村島さんのいえは、2回目。
1回目にちょっと緊張してうかがった時とくらべると、少しリラックスした訪問だったかもしれない。村島さんは、9坪の家にも遊びに来たことがあり、いえトモの主旨の通りに家が縁でトモダチになった。
この日は、それぞれに知り合いを呼んでの楽しい飲み会だった。最初は緊張していた面々も、村島さんに『経堂の杜』を案内してもらい、盃をかたむける頃には、すっかりリラックスしてうちとけてくる。やはり、トモダチの家で飲む酒はおいしいなあと思う。こんなに家がリラックスする空間だったら飲み屋に行く必要もないのだろう。村島さんのいえでは、たびたび近所の人やトモダチが集まり、宴会をしてると言う。
家は、建てたら終わりではない。むしろ、建ててからどう住むのかが重要だと思う。
どうやら『家をつくる』ことと『家をつかう』ことを別のことではないらしい。
『つくる』と『つかう』をどうやったらうまく結んでいくことができるのだろうか?
どんなに大変だったとしてもコーポラティブハウスには、そのひとつの道筋があるように思えてならない。いや、大変だからこそいいのかもしれない。
村島さんちの帰り道で、お酒でぐるぐるしている頭の中でそんなことを考えていた。